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2-29 鏡

***29*** 

花火の大音響と光が降り注ぐ中、朝子は真っ暗で誰もいない細い道に入っていった。そんな道がここにあることなど、同じ高校に通った有芯でも知らなかった。彼は注意深く朝子をつけていく。

やがて、見えてきたのは小さな公衆トイレだった。真っ暗で、やはり周囲には誰もいない。

・・・出るまで待とうか。

有芯がそう思ったとき、朝子はトイレの脇にある蛇口をひねり、手を洗い始めた。手を洗うだけか、と彼は思い、ちょうど側にあった木にもたれ、腕組みをしながら朝子の様子を遠目に見ていた。

1分が経ち・・・。

2分が経った。

3分が過ぎた頃、有芯は腕組みを解いた。

あいつ・・・・・いつまでああしているつもりだ?

朝子は蛇口から流れ出る水を手に受ける恰好のまま、3分以上経っても動く様子がない。

有芯は朝子の背後から彼女に近づいていった。だんだん水の出る音が大きくなる。おいおい、水、出しすぎじゃないか・・・?! そう思いながら、有芯が彼女の背後まで来た瞬間、朝子は人の来た気配にぱっと顔を上げ、一瞬で、両手を使いさっと顔を拭った。

しかし有芯は、手で拭う前の一瞬、花火に照らされトイレの鏡に映った彼女の泣き顔を見逃さなかった。

彼にはわかった。これは・・・あの日と、同じ顔。

俺を愛し過ぎて、頭がおかしくなりそうだと言って泣いた、あの時の顔。

その涙は一瞬でかき消されていたとしても、有芯の中に残る彼女の、震えるまぶたやいとおしい唇の記憶は、彼に朝子の消えぬ想いを切に訴えた。そして彼の中で、理性や現実を超える炎のような恋心が再び滾り始める。

・・・・・この大バカヤロウ。

そのとき、有芯は一つの決意を胸に、朝子の腕を掴んでいた。




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